こんにちは!シンガーソングライターのB型さんです。

twitter→@sauripon
「作詞ってなんだか恥ずかしい…。」こんな風に思っていませんか?
バンドメンバーに読まれるのが恥ずかしくて、ニヤニヤっとされた日にはもう逃げ出したくなる…。
バンドをしていた頃の私のことです。笑
文章力がなくて恥ずかしいということだったら、本を読むなどして勉強する。
このように明確な解決策がありますよね。
しかし、恥ずかしいと思ってしまう人の気持ちに対しての解決策は…となるとそうは簡単に行きません。
どうしても“恥ずかしい”気持ちが勝ってしまって、作詞が出来ず、詞を披露できない。
そんなお悩みに対して、私の考えを述べてみようと思います。
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恥ずかしさの原因

私は今、シンガーソングライターとして活動しています。
全部1人でやっているので“恥ずかしい”と思うことは、まずありません。
学生時代バンドをやっていた頃も、作詞作曲をしていました。
今と違うところは“メンバーに読まれる”という過程があることです。
出来上がった音楽として、メロディーとともに詞を読まれるのならまだしも、
無音でじっくり読まれるのです。
「これ実話かな。」「こんな事考えてたんだ。」とかいろいろ考えられるのが、恥ずかしかったのです。
恋愛の歌なんか、その最たるものです。
他人に見せてこなかった一面をさらけ出す感じが恥ずかしい。
それを読んだ友人やメンバーにあれやこれやと思われることが恥ずかしい。
こういうことだと思います。
恥ずかしいのは仕方がない

「仕方ないんかいっ!」って感じですね。笑
けれども、恥ずかしいと思ってしまうのは、本当に仕方のないことなのです。
人に話したことのないことを初めて表現するのだから、そりゃそうですよね。
気持ちというのは、自然に生まれるもの。
理性で気持ちを“生まれないようにする”なんて不可能ですよね。
「恥ずかしがっちゃだめだ!」と、恥ずかしいそぶりを見せないことはできるかもしれません。
でも、もともと「恥ずかしい」と思ってしまったその気持ち自体はどうにもできない。
知らないうちに生まれてしまっているということです。
それを超えて行くための“考え方”を知ることが大切だと思います。
“恥ずかしさ”の向こうにあるもの

かく言う私も、いまだに恥ずかしさを感じる時があります。
ライブやレコーディングでサポートしてくれるメンバーがいます。
彼らに渡す楽譜には、もちろん詞も書いてあります。
そういう時はやっぱり「どんなふうに思われるかな?」と少し恥ずかしさがあります。
だからと言って「やめておこう…。」とはなりません。
なぜ、その恥ずかしい気持ちを超えられるのか。
曲を作る楽しさや喜びという、恥ずかしいという気持ち以上のものが、その先にあることが分かっているからですね。
あなたは曲を完成させたいですか?
それとも、恥ずかしいから諦めますか?
恥ずかしいのはあなただけ?

メンバーに見せるのは、本当に恥ずかしいですよね。
けれど、意外と他のメンバーも同じ気持ちかもしれません。
恥ずかしがって、誰も歌詞を担当しないこともあるでしょう。
私も初めて歌詞をメンバーに提出するときは勇気が必要でした。
けれど、その後メンバーから「詞を書いてみいたよ。」などと歌詞がメールで送られてくるようになったのです。
なんだ、同じように恥ずかしかったんだ。書いてみて良かった、と思いました。
本当は、誰かが第一人者になってくれるのを、みんな同じ気持ちで待っているのかもしれませんね。
もし他のメンバーが詞を書いてきたとします。
詞を書くことや、それをメンバーに読まれること。
それには恥ずかしさを伴うことや、少し勇気が必要であることを、あなたは知っています。
その時あなたはどんな気持ちで歌詞を読みますか?
「そうだったんだ…!」とか「そんなふうに考えてたんだ。」とか、どちらかというと寄り添うようなスタンスで読むのではないでしょうか。
「ここはこうした方が良い。」など、改善するべき点はあるかもしれません。
けれど、その詞を否定的な気持ちで読むことはないですよね。
こう考えると、少し気が楽になりませんか?
自分の歌詞を歌うのが恥ずかしい

メンバーに対しての“恥ずかしさ”を乗り越え、今度は歌うとしましょう。
歌詞を聞く人や読む人に「何これ?クサい詞だな。」と思われるのが嫌だ。
そんな恥ずかしい思いをしたくない!こういう場合もあるかもしれません。
恥ずかしいと感じるのは、それだけ自分の気持ちを書けた、ということではないでしょうか。
この世界で、あなたは別に特別な人ではないはずです。
これだけたくさんの人間が生きていたら、同じように感じている人なんてたくさんいるでしょう。
だからこそ、あなたも他人が書いた詞に共感することが出来るのです。
自分の気持ちを書いて、それを否定されたのなら仕方がありません。
思ってしまったことに変わりないのです。
それを誰かに表現するために、きちんと形にできたという時点で、それは素晴らしいことだと思います。
自分と同じ感覚の人もいれば、違う人もいて当然です。
感覚の違う人に認められないことを悲しんでも仕方がないのです。
外から自由に意見が言えるのは“消費者”の特権です。
あなたは“生産者”として音楽を作っている。
そこは割り切りが必要なところだと思います。
あなたが好きなアーティストは誰ですか?
その人の歌詞を見て、「恥ずかしい!よくこんなことやってるな!」と思いますか?
「それは有名な人だから…」「仕事だから…」と思いますか?
けれど、彼も有名になる前からその活動をしてきたのです。
聴かれない歌詞
あなたの詞はメロディにのります。
メロディにのると、歌詞をあまり聞かないという人もいます。
個人的には悲しいことなのですが…笑
歌詞に興味のない人もいる、ということです。
だから、みんなが一字一句、耳をダンボにして聴いている…!というようなプレッシャーは感じなくて良いと思います。
私“B型さん”の場合

そうは言っても、私にも“恥ずかしいからこんな歌詞は歌いたくない”というものがあります。
時と場合、人によって“似合う言葉”があると、私は考えています。
かなり感覚的なことですが、自分に似合わない言葉を詞で使用するのは恥ずかしいと感じます。自分の口からその言葉を発するのは尚更です。
例えば「愛しているよ」という言葉。
イケメン王子様キャラクターの人が言えば絵にでもなるのでしょう。
私がそんな言葉を発したら…?
自分の口から発したときに「うわ…何言ってるんだろう私…」と思うような、違和感のある言葉は使わないようにしています。
自分らしくないから使用しない、というのが第一の理由だと思います。
けれど、自分らしくない言葉はやっぱり恥ずかしい。
“自分らしさ”を突き詰めていけば、“恥ずかしい歌”にはならないのではないか?と思います。
まとめ
今日は、作詞をするときの恥ずかしい気持ちとの向き合い方についてお話してきました。
恥ずかしい気持ちが“ある”ことを認めつつ、その先の“曲を作る”というところまで眺めてみる。
そうすれば、目の前にあるものが“恥ずかしさ”だけではないことに気づくでしょう。
今より少しだけ視野を広げてみてくださいね。
そうすれば、今の悩みが小さく見えてくるかもしれません。
今日も、最後までお読みいただきありがとうございました!
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